たまには「ノー写真・動画デー」、しませんか?: ペットとの「いまこの瞬間」を楽しむということ

標準

平均寿命5-7年といわれるモルモット。

20年以上生きる子もいる犬や猫、そして最近では10歳を超えるご長寿さんの話も聞くようになったウサギさんたちに比べれば、あまりに短い命とも思えます。

しかし、飼い主さんにしてみれば、体の大きさや種類としての寿命に関わりなく、同じように大切な1日です。一緒に過ごせる時間が限られているからこそ、大切な1日とも考えられるかもしれません。

その1日1日を大切に保存したい、愛らしい姿を忘れたくない、楽しい日々を大切にしたいと、毎日何枚もの写真を撮る飼い主さんは多いことでしょう。

しかし。このように大量の写真を毎日撮影し、毎日保存し、投稿し…という日々の中で、何か大切なものを失ってしまっているとしたら、どうでしょう?

かわいい愛モルちゃんとの時間を楽しむことではなく、可愛い姿の可愛い写真を撮ることそのものが目的となってしまい、その結果「一緒に過ごすこの時間」を心から楽しめなくなっていたとしたら…?

今回の記事では、「モルモットハウスくにたち」マネージャーと代表が、先住モルモット「ピーチ」と過ごした日々、撮ったたくさんの写真、そしてあまりに早く訪れたお別れを通じて、「写真を撮るということ」に対して感じたことを書いてみたいと思います。

スマートフォンや携帯電話の普及、そしてフィルム・現像のいらない手軽さも手伝い、写真は昔よりもずっと身近な存在になりました。takingtoomany
LineやFacebookでご家族・ご友人やモルモット仲間さんに送られたり、あるいはご自身のブログやinstagramなどにアップされたりという方も少なくないのではないでしょうか。

また、私たちのような里親募集ボランティアたちは、里親さん募集中動物たちの愛らしさをアピールするため、あるいは記録のため、毎日たくさんの写真を撮影します。

里親様から「写真の愛らしさに惹かれて申し込みました!」とおっしゃっていただくことも多く、写真が伝えてくれることの大きさ、人を動かす力の大きさを感じます。

そんな理屈がなくても、愛モルちゃんの可愛らしい姿や表情を記録しておきたくて、目的なんかなくてもとにかくたくさん写真を撮る! という方はとても多いのではないでしょうか。

かく言う私たちのスマートフォンにも、我が家の愛モルたちの姿が大量に保存されています。

部屋んぽ中に突然立ち上がり、周囲を見回す真剣そのものの表情、母子姉妹で寄り添って眠る愛らしい姿、飼い主 (というかレタス) 目がけて猛ダッシュする姿…一枚一枚見返すと、その瞬間・その瞬間の楽しい思い出が甦ってきます。

その中には、去年虹の橋を渡ってしまった「ピーチ」の姿もあります。
peach_house01

我が家で迎えた最初のモルモットだった「ピーチ」は、我が家にやってきたとき既に推定4歳半。
私たちの手の届かない世界に旅立ってしまったのは、そのわずか1年後でした。

******

一緒に過ごせた時間は限られていましたが、私たちのフォトアルバムには、一緒に過ごした毎日の写真が数えきれないほど残されています。

隠れ家の中から、おどおどとこちらを見つめる姿をとらえた写真で、「ピーチ」の写真は始まります。

やがて、レタスを隠れ家でむさぼるピーチの姿 (というよりもピーチの鼻先とレタス) も登場します。

それからさらに時は過ぎ、小屋の外でお昼寝をする姿や、代表の手から「チモシーの恵」を食べるピーチの姿が混じるようになります。

その後家族の一員となった「もり」「ココ」と一緒の姿や、お風呂に入れられた後の「なぜ世界はこんなにも残酷な場所なのか」とでも言いたげな憤慨の表情、代表の膝で一緒にDVDを眺めている姿も登場します。

そして。

獣医さんからの帰り道、「先生が、今夜は自宅でゆっくり休ませて、明日朝一番にまた来てって。今から帰るね」と代表に伝えるために撮ったキャリーの中の姿が、写真に残っているピーチの最後の姿となりました。

******

私たちの家の「ピーチの思い出コーナー」には、ピーチの写真だけを集めたコラージュが飾ってあります。

ピーチが亡くなって1ヶ月ほど経ってから、ピーチの可愛らしい姿が収められた写真を7枚選び、中サイズのコラージュにしたものです。

代表に抱っこされて満足げにこちらを眺めるピーチ。

枕の上にごろんと横になり、隣に寝そべる私の顔を不思議そうに見つめているピーチ。

妹分の「もり」と一緒にレタスにかぶりつくピーチ。

フィーダーハウスの牧草入れに挿した一番刈りをうれしそうに平らげるピーチ。

ハウスの中から「なあに?」と言いたげにこちらを見ているピーチ。

喉下カイカイをしてもらい、うっとり陶酔の表情を浮かべるピーチ。

そして、ケージの中のお気に入りの場所、窓越しに冬の日差しが降り注ぐ隅っこで、くつろいで足を投げ出すピーチ。
写真はたくさんありましたので、コラージュを作るために数枚に絞るのは本当に大変でした。

それでも、不思議なことに、そのたった7枚の写真を眺めるだけで、「ピーチ」と過ごした楽しい日々の思い出は充分に甦るのです。

toppage他に保存してある何百枚という写真が突然なくなってしまっても、その7枚さえあれば…いいえ、きっとその7枚がなくなってしまっても、ピーチの無邪気な姿、可愛らしい仕草、おどけた表情は、いつでも思い出すことができるでしょう。

それは、決して山のように撮った写真が思い出させてくれるわけではありません。現に、あんなに大量に撮影した写真も、だんだんと「お気に入り」ができてくれば、眺めるものは限られてきます。

眺める写真の数が少なくなっても、「ピーチ」との日々を思い出させてくれるもの。

それは、ピーチと見つめあい、ピーチと触れ合い、ピーチと過ごした時間そのもの、そのとき五感を使って感じたことです。

***********

連休の中日にうっ滞になり、救急病院で治療を受けた後もまだまだ弱っていたピーチのお腹を必死でマッサージしたときの、ピーチのお腹の被毛の感触。

自分の鼻をピーチのお鼻でちょっと押して、「モルモット式あいさつ」をした感触。

喉の下や耳の間を撫でてあげたときの、満足げな「クルクル」というあの声。私たちを見上げるのんびりとした目つき。

ケージから出て、大きなお尻をぴょこぴょこ振りながら駆け回るときの毛の動き、足音。

妹分の「もり」に最後の毛づくろいをしてもらっているときの穏やかな表情。

そんな瞬間、そしてその瞬間に「感じたこと」は、もちろん写真には残りませんし、残せません。

残っていたところで、その場所・その時に私がピーチに感じた愛情、ピーチが私に示してくれた親愛の情を、1000分の1も伝えてはくれないでしょう。

写真は、楽しかった時間を思い出すきっかけにはなるかもしれません。「ああ、あの時はこんなことをしたんだっけ」「こんなことがあったんだよね」と、静かに思い出させてくれるきっかけにはなるでしょう。

pexels-photo-241734
でも、写真で残したその瞬間を「もう一度生き直す」こと、その瞬間、目の前にいる愛モルちゃんに手を伸ばし、声をかけ、じっと見つめてあげること…

そして、愛モルちゃんが自分の目をじっと見つめ返してくれるその瞬間に戻ることは、後からどんなに願ってもできないのです。

「今日のベストショット」「可愛い写真」を撮ることは忘れ、目の前のペットのかわいらしさ・愛らしさを、触れ合うときの喜びを、ペットとの暮らしが与えてくれる笑いを、ファインダーや画面越しではなく直接楽しむ。

pexels-photo-233220スマホやカメラの向こう側からではなく、直接顔を見せ、間に何も置かずに笑顔を向ける、話しかける、触れ合う。

そんな日・そんな週・そんな月があってもいいのではないか?

ピーチと一緒にこの世界で過ごした日々が遠ざかるにつれ、そう思うようになりました。

**********

犬猫と違い、まだまだペットとしての歴史が浅いモルモット。生態にもまだまだ謎が多く、情報も不足しています。

そんな中、飼い主さんも試行錯誤しながら、愛モルちゃんに幸せな生活をプレゼントするため、頑張っておられることと思います。

「大きいネズミでしょ?」「ハムスターとどう違うの?」など、周囲の心ない言葉にムッとしたりすれば、「モルモットのかわいらしさを世間にもっとアピールしたい、こんなに可愛いということを知ってほしい」という気持ちにもなります。

sortあるいは、オンラインのたくさんの飼育ブログを読み、「うちの子の可愛さも是非いろいろな人に見てほしい!」と張り切られる方もいらっしゃることでしょう。

ブログやSNS上で、お友達や他の飼い主さんやモルモット愛好家さんから「かわいい!」などと言われようものなら、いよいよ気分も乗って「明日はもっと可愛い写真を!」と張り切ってしまうかもしれません。

そうやって成り立つコミュニケーションも確かにありますし、そこから発生する飼い主さん同士の情報交換・交流は非常に有意義だったりもします。

でも。

「可愛い写真」「ベストショット」を撮ることに夢中になるあまり、目の前の愛モルちゃんと本当に向き合う時間が減ってしまっていたとしたら、どうでしょう?

「かわいい姿」を記録することに必死になるあまり、目の前にいるモルちゃんのかわいらしさを何にも邪魔されずに楽しむこと、他の余計なことは忘れて、目の前のモルちゃんと無心に交流することを、知らず知らずのうちに忘れてしまっていたとしたら?

写真は撮って残すことができます。でも、「いま・ここ」という時間・場所でモルちゃんと過ごせる時間は、「いま」を逃がしてしまえば二度と体験することはできません。

ましてや、一度お別れしてしまえば、抱っこしたり撫でたりしながら「大好きだよ」と伝えること、「うちに来てくれてありがとう」「一緒に暮らせて幸せだよ」と、写真の向こう側に戻ってもう一度伝えることは、どんなに願ってもできないのです。

storageいつか愛モルちゃんを見送った後で、写真を眺めながら「もっとたくさん写真を撮っておけばよかったな」と感じられる方はいらっしゃることでしょう。

でも、それ以上に「もっと撫でてあげたかった」「もっとたくさんお話してあげたかった」「もっと「可愛いね」って言ってあげればよかった」「こんなに大好きだったって、あの子はわかってくれていたかな、感じてくれていたかな」と思われる方は多いのではないでしょうか。

それは、どんなに愛情深く接してこられた方でも同じではないかと思います。

theme-candid-portraits-smile-woman-girl-40064二度と来ないこの一瞬、「大好き」を伝えるこの一瞬を大切にするために、あえてスマホやカメラを封印する日を作ってみませんか?

後で見直せる写真は、ほんのちょっとだけ減るかもしれません。

でも、飼い主さんの手のぬくもりや優しい声、「可愛いね」「大好きだよ」「ずっと一緒だよ」の気持ちを伝えることは、数枚、いいえ、数百枚・数千枚の写真よりもずっとずっと、価値のあることなのではないでしょうか。

広告