モルモットを見送るということ

pexels-photo-28773先日、私の大切な保護ボランティア仲間であるクリッターライン様の大切な愛モルちゃん、「わぴこ」ちゃんがこの世界での旅路を終え、虹の橋の向こうに旅立っていきました。

この世界でお目にかかることは叶わなかったけれど、いつも写真の向こうで、保護モルちゃんたちを優しく見守っていたわぴこちゃん、飼い主さんであるクリッターライン様に見守られ、幸せそうにのんびりと暮らしていたわぴこちゃんに、心からの「お疲れ様」を申し上げます。

そして、わぴこちゃんと共に歩んだ時間を、きっと大切に大切に、一秒一秒を宝物のように、思い返しておられるであろうクリッターライン様、ならびに人間家族の皆様にも、心からのお悔やみを申し上げます。

今回の記事では、私自身が経験した「見送り」のことも思い返しながら、「保護ボランティアをしながら動物を見送るということ」について、僭越ながら書かせていただき、わぴこちゃんへの追悼文とさせていただきたく思います。

cross-grave-cemetery-tombstone-161136保護ボランティアをしていると、どうしても「動物との別れ」に立ち会うことが多くなります。

劣悪な環境から保護されたものの、既に体力や気力が限界を迎えており、「ずっとのおうち」を見つけてあげられる前に、命の灯が尽きてしまう子もいます。

また、先住モルちゃんを闘病の末、もしくは突然の病気で、もしくは医療過誤や事故、さらにはペットショップ等の環境の悪さが原因で亡くされ、「見送った子の分まで、おうちをなくした子に愛情を注ぎたい」と、ご応募くださる方もいらっしゃいます。

多くの場合、「何がいけなかったのか知りたい」「亡くなった子のことを誰にも話せずに来ました」と、お別れまでのお話を聞かせていただくことになります。(このようなカウンセリングを提供できることも、実は保護ボランティアの強みであったりもします)

field-summer-sun-meadowもちろん、自分の家で動物家族として暮らしている子とのお別れも、避けがたく経験することになりますし、ウサギや猫などの動物の保護活動をしている仲間から、「力及ばず、助けられませんでした」「闘病の末に旅立っていきました」という悲しいお知らせを受け取ることも、少なからずあります。

動物ボランティアをしている人間であれば、一般の飼い主さんよりは、かなり多くの「別れ」に立ち会うことが多いのではないかと思います。

しかし、これまでに数匹のモルモットたちを、さまざまな理由で虹の橋の向こうに見送ってきた経験から、自信を持って言えることがひとつあります。

悲しみに「慣れる」ことは、ありません。

pexels-photo-54379生まれてすぐに天国に召されてしまった保護モルモットの赤ちゃんも、保護して数か月で力尽きてしまった保護っ子も、そして長いようで短い時間を、動物家族として暮らした先住モルモットも、モルモットたちとの別れは、すべて悲しいものです。

いいえ、長さも、実は、たぶん関係ありません。

たとえ寿命をはるかに超えて生きてくれて、家族に取り囲まれながらの幸せな旅立ちであったとしても、別れはやはり寂しく、辛いものです。

悲しみの種類は、もしかしたら違うかもしれません。
「うちに来て、本当に幸せだった? 」
「どうしてもっと早く助けてあげられなかったんだろう、どうしてもっと早く気付いてあげられなかったんだろう」
「もっともっと一緒にいたかったのに…」
「あのとき、ああしていれば、もっと早く保護していれば、今頃まだ元気にしてくれていたのかな…?」
「あの子を助けてあげられていれば、今頃どんなおうちで暮らしていたんだろう…」

時とともに、楽しかった思い出や、嬉しいひとときの記憶で、悲しみがだんだんに薄れてくることはあります。

でも、何回経験しても、何匹新しい子を迎えたとしても、「その子」とのお別れがつらくならなくなることは、たぶんありません。

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pexels-photo-262140昨年、「ずっとのおうち」を見つけてあげられる前、突然虹の橋の向こうに旅立ってしまった「さくら」ちゃんを見送ったとき、保護猫ボランティアさんから、こんな言葉をかけてもらいました。

「悲しいときは悲しんでいいの。たとえ何匹見送ったとしても、悲しみに慣れる必要なんてない。

動物だってみんな違うし、みんな違う出会い方をする。長く一緒にいられる子もいれば、すぐお別れしないといけない子もいる。だからお別れだって、それぞれ悲しくたって当たり前。

これしか一緒にいられなかったからとか、寿命より長く生きてくれたから悲しんじゃいけないとか、そんなの関係ない。自分の気が済むまで、その子とのお別れが終わるまで、好きなだけ悲しめばいいの」

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pexels-photo-54512動物は世界にたくさんいます。
でも、自分と出会う動物たちは、一匹一匹皆違います。

お名前をつけて家族として迎え、もしくは仮の名前をつけて「ずっとのおうち」を探し、「世界にたったひとつの、かけがえのない存在」として愛情を注ぎ、一緒に同じ時間を過ごせば、その子との特別な絆も思い出も生まれます。

そして、完璧でない私たち人間には、必ず後悔が生まれます。

保護ボランティア仲間から、「保護ボランティアなんてやってたせいで、あの子は寂しかったかな」「他の子ばっかりかまって、なんで? って思ってたかな」という言葉を聞くことも、決して稀ではありません。

たとえ、どんなに献身的に介護をし、仕事も私生活も犠牲にしてお世話に取り組んでいたとしても、お別れの後に「もっとこうしていれば」との思いを全く抱かない人は、多分いないでしょう。
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でも。
その悲しみは、その子を、特別な存在として、かけがえのない存在として愛したからこそ、湧き出てくるものではないでしょうか。

1kgにも満たない小さな体で、私たちを全身で愛してくれる、小さいけれどとてつもなく大きい存在感の、動物家族たち。

飼養環境を整え、良いペレットや牧草を選び、素晴らしい獣医さんや看護師さんに見守っていただき、病気になれば一生懸命治療法を調べ、介護をし…と、できる限りの力を尽くしたとしても、早ければ5年、どんなに長くとも10年もしないうちにお別れを言わなくてはならない、あまりに短い命を持った、動物家族たち。

今までお話しした方の中には、動物と暮らしていない人から、あるいは犬や猫の飼い主から、「モルモットくらいでそんなに悲しんで」と、心ない言葉を投げつけられ、深く傷ついたという方もたくさんおられます。

私たちだって、この子たちの命が20年、30年と続くことがないのは、理解してお迎えしているはずなのです。

それでも、共に暮らした大切な仲間を失った悲しみは、そんな理屈で癒えるものではありません。

それは、この小さな動物家族たちを、私たちがかけがえのない存在として、心から愛したからこそではないでしょうか。

***

pexels-photoモルモットは、何かの利益のために飼育する、何かのためになる生き物ではありません。

家を守ることも、飼い主さんの目や耳となることもできなければ、害虫や害獣をつかまえることもできません (自分自身が齧歯類ですし)。

モルモットたち自身にしてみても、たとえどんなに大切にされていても、例えば爪を切られたり、「楽しく」ペットシーツや壁紙を齧っていたのに取り上げられたり、時にはお風呂に入れられたり、かと思えば口に苦いお薬を押し込まれたりと、人間との生活は決してバラ色とはいえないかもしれません。(もちろん、モルモット自身がどう思おうが、きちんとお薬を飲ませたり爪を切ったり、獣医さんに行ったりしなくてはいけないのは当然ですが)。

landscape-field-yellow-meadowそれでも、しっかりと飼育しておられる飼い主さんとお話しすると、皆さん見事に、モルモットたちと深い絆を培っておられます。

体調が急変し、獣医さんに急いで向かう道すがら、「大丈夫、絶対に良くなるよ。守ってあげるから、一緒に頑張ろうね」との飼い主さんの声に応えて、一生懸命首を持ち上げてくれたという子。

家族全員が揃うのを待ってから、嬉しそうに微笑んで息を引き取った子。

「この子がいたから頑張れた、感謝しかありません」「短い命を、頑張って精一杯生きたこの子を尊敬します。私の人生の先生でした」と、在りし日の写真を手に微笑む飼い主さん。

そのようなお姿を見ていると、モルモットたちが飼い主さんを「仲間」と考え、受け取り方によっては「家族」とさえ感じてくれていることが、とてもよくわかります。

決して、お野菜や牧草やペレットやを与えてくれるから愛層を振りまく、だけではなく、共に暮らす存在として、私たち人間を信頼してくれていることが。

損得だけで結びついていないからこそ、無償の愛情を注ぎ、世間の人が驚くほどの絆を結ぶことができる存在。

その愛情は、「野菜も高価なケージも買ってあげてるんだから、さあ私を愛しなさい」「世話してやってるんだからもっと懐いてよ」というような押し付けがましいものではなく、小さな仕草に思わず笑い声をあげてしまったり、鳴き声に思わず返事をしてしまったりするような、そんな、ささやかだけど、何をもっても壊すことのできない、深くてかけがえのないものです。

本当は恐怖の対象でしかないはずの、大きな動物である私たち。
しかし、モルモットたちは、恐らく本能に反してまで、飼い主に対して深い愛情を示してくれます。
その愛を感じ取ることができたなら、その愛に応えたいと必ず思うはずです。

pexels-photo長くこの世で一緒に過ごすことできない、大切な動物家族のモルモット。
だからこそ、その短い生の一瞬一瞬を、楽しく心やすらかに過ごさせてあげたい。
しなくてもよい病気をさせたくない。
恐怖や苦痛を感じさせず、その小さな目が最後に閉じるその瞬間まで、「飼い主さんがいてくれるから、大丈夫」と安心させてあげたい。

私たち飼い主は、モルモットたちが示してくれる愛に応えるため、確実に訪れる「お別れ」のときを心のどこかで恐れながらも、過ごしていけるのかもしれません。

虹の橋の向こうで、在りし日の健康を取り戻し、元気に飛び回ってくれている姿を思い描きながら…。

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